2004/05/15 日本標準時間 10:09
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上の子供が風邪をひいた。
「ねぇパパ、病院に連れて行ってよ」
「なんで俺が連れてかなきゃいけねーんだヨ」
「ぶつぶつ言わないで、ツ・レ・テ・イ・キ・ナ・サ・イ」
女房の眼の奥底に、青白い焔を認めた私は、これ以上食い下がって身体的かつ致命的なダメージを受けるのを恐れ、渋々と立ち上がった。
車を出していると、何やら女房と子供がひそひそと話しをしている。
ウンウンとうなづく子供。
同日 埼玉標準時間 10:50
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「ちょっと風邪気味みたいですネ。薬出しときましょう」
「ありがとうございました。んじゃ、帰ろうか」
その時、突然子供が医師に、思いもかけないことをのたまった。
「先生、うちのパパの巻爪みてください」
「おおお、オマエ、何言ってんダヨー。さー 帰ろう、帰ろう」
「でも、ママが絶対に見てもらえって。パパは何やかんやでごまかすから、アナタから先生にちゃんとお願いするのヨ、ってママが言ってたヨ」
ぐ…
出がけにひそひそ話しをしていたのは、このことだったのか…
「どれどれ」
「あ、イヤ、先生、たいしたことないんすヨ。ホントに。また来ますから」
「でも、ママが絶対見てもらいなさい、って」
「キミはいい奥さんとお子さんを持って幸せだネー(笑) 見てあげるヨ」
どーにもこーにも逃げられない運命を悟った私は、これ以上医師と看護婦にお笑いネタを提供する気にもなれず、おとなしく左足を露出させたものの、子供に
「じゃぁ待合室で待ってて」
と言い渡すことも忘れなかった。
こいつさえいなきゃ、どーとでもごまかせるからである。
が、次の瞬間、女房の方が完全に一枚上手であることを思い知らされた。
「パパはすぐごまかすから、ちゃんとあなたがそばにいて、先生の言うことをママに報告しなさい、って」
「ギャハハハ」
医師と看護婦が辛抱たまらず爆笑する声が診察室にこだまする。
私は心中に、かのナポレオンをも敗走させたロシアの冬将軍のごとく強烈な寒波が吹きすさぶのを覚え、まさにまな板の上の鯉状態。
今まで家族が寝静まってから密かに処理していた左足親指を医師の供覧に呈せざるを得なくなった。
同日 ○●クリニック診察室 11:01
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「うわ!」
びくびく
「これは相当ヒドイねぇ… かなりの重症だヨ」
帰宅後、女房に報告しなければならないという責務が課せられているため、子供は医師のことばを一言ももらさず、記憶中枢に叩き込もうとしている。
いじらしいと言うか、裏切り者と言うべきか。
「ちょっと切ってみましょうネ」
ぱちんぱちん
「イテ! イ、イテェェ!!」
当時診察室勤務の看護婦 A さん(42才)談
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私もこの仕事は始めて長いんですが、あんなヒドイのは初めてみました。
爪全体は変色してましたし、爪の両脇が巻いて、ほとんど一周しそうなぐらいの勢いでしたね。
ただ巻いてるのと同時に爪の先端がせり上がってきてましたから、皮膚への食い込みはさほどでもなかったです。
これだと普段の生活にはあまり支障はないんです。
患者さんも普通に歩けるって、おっしゃってましたし。
だけど、こういうのはあまり良くないんです。
痛み自体がないわけですから、どうしてもほっときがちになるんですよね。
「こりゃぁ、ここじゃダメだよ。もっと大きい病院の外科に行かないとダメだね」
「ひ、皮膚科とかじゃなくて、外科ですか?」
「そう。外科。○○ちゃん、わかった? お父さんは外科に行かなきゃダメなんだヨ。そうお母さんに伝えてネ」
「はい」
って、子供に言うなよ、子供によー
俺に言わんかい、俺に(笑)
同日 我が家 11:35
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「だから早く診てもらいなさい、ってあれほど言ったでしょ」
「うるせー」
「どこの病院がいいかなー」
なぜかうれしそうに電話帳を繰る女房。
傍らには無事責務を果たした子供が安堵の表情を浮かべ、そもそもお前が風邪ひいた、っつうから病院に連れてったんだろうが! という父の魂の叫びも、これっぽちも気づかず、もしゃもしゃとオヤツなど食っておる。
「アナタは土日でないと病院行けないもんね。えーと、休日でも診療してるとこだと…」
「もしもし、ちょっとお伺いしたいんですが、これこれこーゆーわけなんですが、え? 土曜日でも外科の診察はだいじょぶなんですね。わかりました。では今週の土曜日に参りますので、よろしくお願い致します」
ト、トテモ ハヤイネ… キミ…(笑)
2004/05/22 △▲記念総合病院外来外科 10:08
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「はい、次の方どうぞ。どうしました?」
「あ、い、いや、巻爪なんですが、全然たいしたことないんですけど、ちょっとだけ巻いてる、っつうか」
「見せてください」
「は、はい…」
「うわ! これはすさまじいねぇ。お~い、カメラ持って来て」
看護婦にポラロイドカメラを持ってこさせる外科医。
「かなり特異なケースですから、ちょっと写真撮らせてもらいますね」
ぱちぱち
「キミねぇ、何 V サインしてんの。キミじゃなくて、爪撮ってんだから、そんなことしなくてもヨロシイ」
「ハ、ハイ」
(爆)
「とにかくこのままじゃどうしようもないから、少し爪切りましょう。すぐラクになるからネ」
って、あのー… 「すぐラクになる」 って、この場合、ちょっと不適切なような気もするんですが…(笑)
ぱちんぱちん
「イテ! イテェェェ!!」
「この程度でそんなにイタイんですか… こりゃぁダメかもわからんね」
ダ、ダメって、いったい何がどのようにダメなんでしょうか…
ぱちんぱちん
だ、だから痛ぇって言ってんだろーがああ、このタコ!
あ、そそそ、そんなに切らないで、ホントに痛いんですから…(哭)
「ホントはもうちょっと切った方がいいんだけど、そんなに痛がるならこれくらいにしときます。まぁかなり切ったけどね。これでちょっと様子をみましょう。一カ月後にもう一度、その時は形成外科に行ってください。カルテまわしときますから」
「ハ、ハイ…」
「形成外科の先生に診てもらって、それで最終的な治療方針を決めましょう。このままいい方向に向かうかも知れんしネ」
「ハ、ハイ。ありがとうございました」
診察室から出た私を待っていたのは、どんなに痛い目に遭わされたかという期待で目をキラキラさせた女房だった。
「どーでした?」
「ハイ。これこれこーゆーことっす」
もはや何一つ隠し立てをせず、正々堂々、威風堂々とお天道様の下を歩こうと決意した私は、一点の曇りもない澄んだまなざしでこたえた。
「ち 開き直りやがったな、このヤロー」
との女房の心の叫びに、聞こえないフリしたのは言うまでもない。
2004/06/26 △▲記念総合病院形成外科診察室 09:58
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「はい、次の方どうぞ」
「よろしくお願いします」
「あ、先月外科に来られた方ですねぇ 巻爪ですか… じゃぁちょっと見せてください」
「はい」
高校球児の選手宣誓よろしく、その声はあくまでも快活に、その身のこなしはあくまでも爽やかに、私は答えた。
そうすることによって、
「お! こいつなかなかナイスな好青年じゃん」
と、神様からも好感を持たれ、
「あぁだいぶ直ってきてますね。これなら特に治療はいらないでしょう」
と、医師が太鼓判を押すのを確信したのであった。
同日 △▲記念総合病院形成外科診察室 10:00
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「抜きましょう」
「は?」
私のくるくると愛苦しく巻いた爪を診るや否や、形成外科の医師は言った。
「相当ヒドイですネ。これはね、爪床という爪の下の筋肉部分が盛り上がってるんですね。爪は爪床に沿って生えてますから、それで爪自体も丸く巻いてしまうんですヨ」
「ほうほう」
「ですから、まず爪自体をはがして、盛り上がった皮膚の部分を切開して、平らにします。爪はまた生えて来ますから、爪床を平らにしておけば大丈夫ですからね」
「あぁ そうですか」
△▲記念総合病院形成外科勤務の看護婦 B さん(36才)談
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爪を抜くって言われると、たいていの人はびびっちゃうんですけど、この人は意外と冷静だな、っていうのが第一印象でした。
でもすぐにわかりました。あぁこの人は現実逃避をしてるんだな、って。だって眼がすっ飛んでましたからね。たまにいますよ、こういう人。
変に自分自身をつくろっちゃって、それでいい気になって、これで神様は俺の味方だ、痛い治療になんてなるはずがない、みたいにご都合主義の人。
でも、そういう患者さんほど後で現実を思い知ることになるんですよね。
同日 △▲記念総合病院形成外科待合室 10:15
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「どうだった…?」
「ん…? あのネ、爪はがして、そんで爪床をっていう部分を…」
心配そうにたずねる女房に、私は今まで診察室で医師に説明してもらったことを女房に伝えようとした瞬間、我に返った。
「しゅ、手術…」
「手術…?」
「手術だとおおおお!」ヾ(^^; 遅イッテ
そして私が現実逃避している間に、みずからの手には本人署名の手術同意書、家族署名の手術承諾書、更には手術当日の諸注意事項やら手術室の案内などが握られ、二の腕には採血検査の痕跡を示す絆創膏が貼られていた。
同日 帰りの車中 10:48
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「なんか大変なことになっちゃったね…」
「ウ、ウン… それでさ、先生が言うには手術後一週間は歩けなくなるから、仕事の調整もつけなさい、って」
「え゛… 歩けなくなっちゃうの?」
「大げさだよなぁ たかだか爪一枚だろ? 一週間も歩けなくなる、なんてさー」
「入院しなさい」
「ハ?」
「入院させてくれって、お願いしなさい」
「い、いや、別に入院とかって話しはなかったヨ」
「歩けないんでしょ? ということはずっと寝っぱなしとか、座りっぱなしとか、そーゆーことでしょ? だけどメシだー ビールだー とかってウルサイんでしょ? しかもお風呂とかどーすんのヨ」
「ハ、ハァ…」
「そんな口だけは達者な要介護老人なんて、
私はイヤなの。
だから 2 ~ 3 日入院してきなさい」
「オ、オマエはアホかー そんなこと言えるわけないだろが! どーしてもって言うなら、オマエが自分で言え」
「そんなこと恥ずかしくて言えるワケないでしょ」
と、どこまでも不毛な会話が続く車中。
そんなふたりの気持ちとは裏腹に、車は国道を快適にひた走るのであった。
2004/06/28 □◆株式会社 09:05
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「こーゆーわけで、 7 月 9 日が手術日と相成りまして、それで翌週一週間のお休みをいただきたいのですが…」
「まぁ仕方ないだろーなぁ」
「スイマセン、ご迷惑をおかけします」
「いえいえ。お大事にネ」
上司の許可を得、総務部長に告げる私の声は、心なしか憂いを帯びていた。
そうした他人の不幸はあっと言う間に広がるのが我が社の社風。
昼休みに数人の女の子が、私を取り巻くように取り巻いた。
「巻爪なんですってー」
「そーなんす」
「見せてみせてー」
「ヤ、ヤダヨ」
「えー いいじゃないですかー 見せてくださいよー」
オ、オマエラアホカ
「んじゃー ちょっとだけだヨ」
と、すぐノル私も私である。
「ホレ」
「う!」
「ぐ!」
「げ!」
「キ、キモチワリー!」
「な、なにこれー」
「とんがってんじゃーん 悪魔の爪みたい…」
「これ、どーすんですかー」
「イ、イヤ… 手術して抜くのヨ」
「いやー! それって絶対イタイですヨー」
「麻酔とかすんですかー」
「あ、アタリマエだろ!」
「でも、指先って神経が集中してるらしーですから、ちょっとやそっとの麻酔じゃ効かないかもネー」
「ぜ、全身麻酔にしてもらおーかな…」
「エー 腰抜けー さいてー」
(泣)
2004/07/09 我が家 11:25
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いよいよ手術日当日。
たぶんしばらくはフロにも入れないだろうから、昼間っからシャワーを浴びる。
頭を 3 回洗った(笑)
「ねぇ、緊張してる?」
「するか、バーカ」
「内心怖がってるクセに」
「うるせー」
と、朝から不毛な会話が繰り返される我が家であるが、光陰矢の如し。
同日 病院に向かう車中 15:15
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「ねぇ、緊張してる?」
「してねー っつうに!」
同日 △▲記念総合病院中央手術室前 15:50
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何かホントに手術室である。
【手術中】 というランプが、まるで鮮血のように赤々とともり、 「このイスでお待ちください」 と指定されたイスも真っ赤っか。
つきそいの女房の顔色も心なしか紅潮している。
ワタシはタオルを首にかけ、短パン、Tシャツ、サンダルという、これから大手術を受けるとは思えない出で立ちであるが、そんなところにも手術など恐くない、恐いことなどナインダ、ゼ、ゼンゼンダイジョブダヨ、ホントダヨという強固な意志を身体中で体現していた。
15:57
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手術室の自動ドアが音もなく開く。
「サカキバラさぁ~ん」
「ハ、ハヒ」
いつもより半音高い声で返事をした私は、すくっと立ち上がり、戦場へ赴く兵士のように凛々しく、またどこか悲壮感を漂わせながら手術室へ向かった。
「じゃぁ、これを着てください。これもかぶってくださいね」
と薄緑色の手術着を着、シャワーキャップのようなビニールの帽子をかぶる。
その帽子が花柄でなかったのだけが、せめてもの救いであった。
廊下が続いており、その両側にそれぞれ手術室がある。
そしてその廊下には、なぜか MD ラジカセが置いてあり、えらいヒップなクラブ系ビートミュージックが流れていた(実話)
「ナンデヤネン。先生、このリズムに乗ってダンシングしながら執刀するんだろうか」
一抹の不安を覚えた私であるが、促されるがままに手術台に横になる。
胸の数カ所に心電図を取る吸盤が貼られ、左腕には血圧測定の器具、右手の人差し指にはクリップ状のものを挟まれ、ぴこーんぴこーんと私の心の臓の力強い鼓動が、無味乾燥な電子音にコンバートされ、手術室に響く。
横になった私の上には無影灯が、煌々と妖しい光を放つ。
「ほほほ、ほんとに手術室じゃん」
今さらながらに、自分の置かれた状況を的確に判断する私。
男というものは、すべからくこのように沈着冷静でありたいものである。
16:05
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ヒップなダンスミュージックにのって執刀医登場。
「じゃぁ始めますね。まず消毒しますからね」
「ハ、ハヒ」
ぺたぺたと消毒液が塗られる。
この時、私は横になって立て膝の状態であったため、多少顔を上げても足を見ることはできなかった。
「けっ! どーせなら、この眼でしっかりと見届けてやろーじゃねーか」
という、誠に男らしい考えも、なくはなかったのであるが、実際にその場になると
「それは男らしいとは言わない。それはただの蛮勇である」
との正論の結論の論理展開を見いだし、おとなしく横になっていた。
「せ、先生…」
「はい?」
「あ、あの… 毛は剃るんでしょうか?」
「あ?」
「あ、いや、そのー よくあるじゃないすか、手術前に剃っちゃうの」
「いや、そこまではしなくてもダイジョブだヨ」
ほっとした私であるが、ここで先生と私との間で越えようもない見解の違いに気づく。
たぶん先生はすね毛のことだと思ったのだろうが、私の言う 【毛】 とは、アソコの恥ずかしい…
(爆)
「じゃぁ麻酔しますね。ちょっとチクッとしますよー」
「ハ、ハヒ」
ちく
「あと 3 本くらいしますからねー」
「ハ、ハヒ」
ちくちくちく
16:10
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「どうですか、まだ感触ある?」
「はぁ、さわられてるって感触はあります」
「そりゃ、そうだ。さわってんだから。じゃぁ始めますね」
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待たんかい。
感触があったら、それはまだ 麻酔が効いてない っつうことなんじゃないんですかい?
(笑)
「指の根もとを縛りますからね」
「ハ、ハヒ」
って、いちいち実況中継せんでもいい!
16:18
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いつまで縛ってんだろー いいかげん、早く始めてほしいんですけど…
16:30
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爪をつま楊枝でこすられているような感覚を覚える。
もしかして、もう始まってんのかな…
だけど、全然痛くはないよな…
これで終わったらウレシイけどなぁ…
あぁだけど先生が
「痛いヨ」
って言ってたから、たぶんこれから痛くなるんだろうなぁ…
あ、あ、あぁぁ…
と、一人無限ループに陥る。
17:08
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イタクない… 全然イタクないヤ…
い、いやー ヨカッタァ
なぁーんだ、こんなもんカヨー
「痛いヨ」
とかって、ぬかしやがって、全然イタクないじゃん。
んもー 歌でも歌っちゃえ。
17:40
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♪フフーンフフーン
♪ララララァァー
「どうですか? 痛くないですか?」
「全然痛くないです。なんか眠くなってきちゃいましたヨ」
「それはヨカッタ。もうちょっとで終わりますから、寝ちゃっててもイーヨ」
18:06
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「はい。お疲れ様でした。手術完了ネ」
「ありがとうございました」
「しばらくこのまま休んでてくださいね。動くと出血しちゃうからネ」
「ハイハイ」
手術中、ずっと頭の中で鳴らしていたマイ・フェイヴァリット・ミュージックもそろそろネタ切れとなり、 Child in Time がいつしか水戸黄門に変わっていく。
18:27
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「じゃぁもう起きてもいいですヨ」
「やれやれ、どっこいっしょ」
そこで初めて自分の左足に眼が行った。
「うが…」
思わず絶句。
つま先には金属製のカバーが包帯でくくりつけられ、部分的に巨大化している。
そしてつま先から足首まで、まるで今の私の心の色彩そのもののような純白の包帯が巻かれていた。
恐る恐る手術台から降りる。
「当分はかかと歩きをしてくださいね」
言われなくとも、そーさせていただきます。
出口で薄緑色の手術着とシャワーキャップを取る。
手術室の自動ドアが開くと、そこには女房が待っていた。
「オカエリ」
「タダイマ」
私が手術台で休息している間に、これからの注意事項や消毒薬、ガーゼなどの一式はすでに女房に渡されていた。
「帰ろっか」
「ああ」
結婚して十数年。
おそらくこの時ほど、女房の眼に私が凛々しく映ったことはないだろう。
私の心は無事手術が終わった安堵感と、まったく痛みがなかった意外感に満たされていた。
終わった…
凛々しい佇まいは崩さず、しかし私の頭の上には大量の天使がヨカッタ踊りを狂喜乱舞しており、無事な右足は制御不能なほどスキップのステップを軽やかに踏もうとするのであった。
同日 我が家 19:26
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食事がうまい。
心も身体も満足感に溢れた私。
しかし、これは見せかけの幸福であった。
爪という唯一無比のパートナーを失った左足の親指さんは、その悲哀を全身で訴えかけるように、私の痛感神経を襲った。
私の、長い夜の、幕が上がった。
女房(23才←自己申告)ヾ(^^; 談
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夕食の時は機嫌ヨカッタですヨ。
なんかもう、長年の呪縛から解き放たれたみたいに、手術直後とは思えないほどバコバコ喰ってましたしね。
だけど、だんだん様子がおかしくなってきちゃって、もう手に取るようにわかりました。
顔色は青くなってくるし、無口になっちゃうし。
「あー 痛み出したのかなー」 って思いましたけど、ウチの人、バカのくせに変なプライドがあって、子供たちの前では絶対に弱みを見せないんです。
まだ子供たちも寝る時間じゃなかったし、パパの機嫌がいいと、子供たちもうれしいんでしょうね。
本を読んでくれとか、ゲームしようとか、言ってましたけど、さすがに脂汗を流し始めた時は、 「パパも今日
は疲れてるから、もう寝かせてあげようね」 とか何とか言って、子供たちを無理に寝かせました。
痛いのならがまんせずに、素直に痛いって言えるように、せめてそうしてあげようって、思いました。
20:20
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食事後、すぐに痛み止め、化膿止め、胃薬を飲むが、まるで効かない。
親指全体がずきずきと痛む。
21:04
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「これはかなりきつい薬ですから、どうしても痛みがガマンできない時にだけ使ってくださいね」
と念を押された座薬を試す。
22:45
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心臓の鼓動に合わせて痛みが波のように押し寄せる。
座薬の効き目は、
ない。
2004/07/10 00:18
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脂汗が止まらない。
下着まで汗みずくになる。
首にかけたタオルで顔をかきむしる。
01:50
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女房が背中をさすってくれる。
だが、身体にさわられただけで痛みが増すような気がする。
02:47
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声も出ない
泣きたいけど、涙も出ない。
04:40
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もうダメです。
たぶん、この辺で限界です。
会社の交通費ちょろまかしてタバコを買ったのは私です。
女房だまくらかして飲み代を二回ももらったのは私です。
上の子から必ず出しておいてくれと頼まれたモー娘宛のファンレターを、ずぅぅ~っとカバンに入れっぱなしで、
「ヨッしぃからの返事来ないねぇ」
とか言われて、
「そりゃぁ返事なんて来ないヨ。毎日山のようにファンレターが来るだろうしネ」
などとヌケヌケと答えていたのは私です。
下の子が大事に育てていたパンジーを踏んじまい、それを全部近所の猫のせいにしていたのも私です。
景気が悪いのも、税金の無駄遣いも、警察官の犯罪も、テロも、イラク戦争も、世の中のすべての悪事や凶事は、みんな俺のせいだよ。
もうしないから、もう絶対にしないから、頼むからもうかんべんしてください。
05:10
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「ねぇ、もう一度痛み止め飲んでみたら?」
結局、一晩中つきあった女房が言う。
「そ、そーだな。でも何か喰ってからの方がいいよな」
「そりゃそうだけど、食べられるの?」
「いーから、何でもいいから持って来てくれヨ」
「無理しない方がいいよ」
「いや。喰う。俺は喰う。喰うぞおおおお」
このような行動は人間行動学の観点からはやけくそ、あるいは自暴自棄と称されることが多いが、この場合は適当ではない。
痛み止めの消化を促進させ、少しでも早くこの激痛から逃れたい一心から出た、非常に冷静かつ論理的な行動であり、それだけ切羽詰まっていたとも言えるだろう。
女房がアイスティーとチーズケーキを持ってきた。
手づかみでチーズケーキを喰らい、ごくごくとのどを鳴らしてアイスティーを流し込み、すかさず痛み止めの薬を飲む。
「す、すごいネ… よく食べられたネ… あんだけ苦しんでたのに…」
「何かやって、気を紛らわせたいんデス」
ここで私の記憶は途切れる。
07:49
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閉ざされた漆黒の闇から、私の意識はゆっくりと回復していた。
夏の日のまばゆい陽光が、私の視界にゆるやかに差し込む。
「おはよう 少し眠れたみたいだネ」
傍らには女房が、夕べの格好のまま座っていた。
無言で上半身を起こす。
左足に眼をやると、厚く包帯を巻かれた親指が私に話しかけた。
「キミは勝ったんだヨ」
「え…」
「ほら、もう夕べほどは痛くないだろ。キミは勝ったんだ」
「ボクは勝ったのかい?」
「そう。ボクの負けだ。キミが勝ったのサ」
ワタシはゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと、どこ行くの」
ひょこひょこと台所に向かい、換気扇のスイッチを入れる。
タバコに火をつけた。
「やめなさいよ、そんなにまでしてタバコ吸いたいの」
とか言う女房は無視し、深く紫煙を吸い込む。
寝不足の頭にニコチンがかけずりまわり、ふら~っとした瞬間、
思わず左足を踏ん張っちまい、
「イテェェェェ!」
眼が覚めた(爆)
2004/07/10 △▲記念総合病院形成外科診察室 10:23
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「夕べはどうでした?」
「イタかったです。眠れませんでした」
「座薬は使った?」
「ダブルで入れちゃいましたけど、全然効きませんでしたヨ」
「そうかー まぁ骨まで相当 えぐっちゃった から、無理もないけどネ」
「(爆)」
おもむろに包帯をほどく医師。
カバーが出てくる。
ガーゼをめくる。
過去、爪があったであろうその場所には薄いビニール製のようなパッチが巻かれていた。
はがし
「イ、イテエエエエエエエエエエエエエエエエエ」
もう親指がちぎれるかと思いましたヨ。
アルコールで消毒。
「イ、イテ、イテ、イテエエエェェェ」
ジェル状の消毒薬をぺたぺた。
「イタイってばさあああああああああ」
ハァハァ…
「消毒はね、ホントは毎日やったほうがいいんだけど、まぁツラかったら一日おきでもいいです。自分でできる?」
「で、できますヨー(たぶん)」
「コワかったら、病院に来ればやってあげますからネー」
「あー いいです… イ、イタイけど、毎日来るのもかったりーですから…」
「まぁお好きにどうぞ(笑)」
とまぁ、何となくドキュメンタリータッチにしてみました(笑)
この時点でもかなり痛みはあったわけですが、手術直後の麻酔が切れた痛みに比べたら屁でもなかったです。
それから一週間、会社はまるまる休み。
ずっと自宅療養、と(笑)
何せ数メートルしか動けないんで、おとなしく座ってるしかありません。
んで DVD 見たり、自分のサイトの模様替えをしたりとかしてましたが、普段やろうと思ってもなかなかできないことを文字通り腰据えて(笑)できましたんで、まぁこれはこれでヨカッタかな、と。
人間の身体ってエライもんで、日一日と回復してくるのがよくわかるんですよネ。
毎朝の儀式であった消毒とガーゼ交換も日増しに楽になってきたし、手術後一週間めの診察では特に問題なし。
順調です、と。
で、それから会社に行きました。
まだ靴は履けないし、何度も書いてますように片道 2 時間半の超遠距離通勤ですんで、手術後初出社は女房に車を運転してもらいました。
子供たちはすでに夏休みに突入しており、ちょっと預かってくれるところもなかったんで、
「明日、パパの会社行ってみようか?」
との女房の問いに
「ウン! 行く行くぅ!」
と(笑)
一応、総務部長の許可をもらい、一家四人で行きました(笑)
ちょうどこの日、東京は観測史上初めての 39.5 度という猛暑を記録し、ウチの 10 年めに突入したカリーナ号もあえぎあえぎ走ってる感じでしたが…
とりあえずウチの会社は、子供たちに見せても恥ずかしいモンではなく、子供たちと女房はキョロキョロしてまして、おまけに子供らはリュックサックなんかしょっちゃって(笑)、ほとんど遠足気分。
でもまぁこういうことでもないと、父親の職場を見せることもできないわけで、これはこれでヨカッタかな、とかって思ってます。
久々に自席につきますと、電話メモやら伝言の走り書き、伝票やら請求書、通達などでごちゃごちゃ。
メールボックス開いたら、ドカドカドカって来ちゃって、やっぱりと言うか、案の定というか、ため息というか。
しかし考えてみれば一応、ワタシは現役の会社員で年齢から言っても、まぁ中堅ということになるでしょうか。
そーゆーヤツがまるまる一週間会社休んで、それで机の上がすげーきれーで、メールすらも入って来ないというのも、それはそれでちょっと問題ですよネ(笑)
手術前にワタシを取り囲むように取り囲んだ女の子たちが、またやってきました。
「大変でしたネー」
「もー痛みはないんですかー」
また、「見せて」 とか言われたら、今度は拒否するつもりでした。
だって自分でもあんまり直視できないほど、気持ちワリーんだもん、手術痕。
「ワタシたちねー みんなで千羽鶴折ろうかって言ってたんですよー」
「え?」
「お見舞いには行けないから、せめて、ってネー」
「ホ、ホントニ…」 ←ちょっと感動している
「でも折り紙とか買うんで、
サカキバラさんのためにお金使うのは絶対ヤダったし、
んじゃミスコピーでいいや
とかって思ったんですけど、暑いし、めんどっちーし、かったるいからやめちゃいましたー」
「ア、ソウ…」
「で、ウチのおかーさんに言ったら、千人針にしてあげなさいって」
(おめーのかーちゃん、アホか! なんで見舞いで千人針なんだヨ!)
「千人針ってなんですかー」
(笑)
知らないよネ、ふつう。
で、二日目からは始発電車で出勤するかわりに、定時前に退勤するという 「なんちゃってフレックス」 を認めてもらい、一週間出社。
この前の土曜日。
抜糸して、やっと包帯が取れました。
まだ完全に傷口が乾いているわけではないので、消毒してぺたぺた軟膏は塗ってますが、テーピングして靴下が履けるようになり、靴も履いていい、とのこと。
今までは片足サンダルで行ってたんですが、これだと左右のかかとの高さが違うので、かえって疲れるんですよネ。
爪はまだまだ生えてきてませんが、やっと以前の状態に戻った感じです。
今は普通に歩く分には、何の支障もありません。
この前、 「巻爪」 というキーワードでネットを検索してみたところ、出てくる、出てくる…
巻爪治療の専門医とか、体験記とかがほとんどでしたが、けっこうたくさんのヒトが苦労してるみたいです。
治療方法もいろいろあるみたいですネ。
爪の両端をちょっと切って、バネみたいなアタッチメントをはめ込み、バネが元に戻ろうとする力を利用して、巻爪を直す方法とか。
もっともこれだと、月一回アタッチメントを交換し、最長で一年ぐらいかかるようです。
ただ、どこかの大学病院のサイトだったかな…
こんな記事がありました。
手術後の痛みや、活動が非常に制限されるという欠点があるので、手術を行うよりも、まずはアタッチメントなどの装着で治癒させることを考えるべきであり、
それが現在の主流である。
ソ、ソーダッタンダ
(爆)
謝辞
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伏せっている間、大変多くの方々から BBS への書き込みやお見舞いのメールをいただきました。
さすがにのたうちまわっている時にお返事はできませんでしたが、それでもどれだけ慰められたかわかりません。
ここに改めて御礼申し上げます。
ほんとうにありがとうございました。